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ご近所ぶろぐ

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2018年4月の記事

2018年4月30日 (月)

なんとなくエビフライ

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エビフライは魚フライの代わりになれない。あの子が君の代わりになれないようにね。そう、エビフライと魚フライはまるで違う物なのだ。なぜなら、魚フライを食べたいときのぼくとエビフライを食べたい時のぼくは同じ人間とは思えないくらい違う。そんなことをブツブツ考えているうちに車はいつもの漁港近くの食堂に到着した。安い方のスシを食べるつもりだったが、となりのテーブルのオバさんたちが食べているエビフライがとてもうまそうだったのでそれにした

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帰りに漁港近くの魚屋に寄った。この前までスーパーだったのだが、オーナーが変わり、鮮魚とツケアゲの店になったという。新鮮なサメが入ったというので、それを4匹買ってみた。今夜の夕食はフカヒレだ!というのは冗談です。このサメはすり身にしてツケアゲにするとのこと

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海に続く細い道。なんだか不安な気分になる松林

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定点観測的写真。ぼくはこの看板を10年以上撮り続けている。ような気がする

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海。めずらしく人が多い

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2018年4月29日 (日)

木星

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木星がいい感じで空に浮かびはじめたので、そのうち写真に撮ってあげよう、と思っていたのに月が近づいてきて木星は月のわき役に回ってしまった。

2018年4月28日 (土)

食べ忘れているもの

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誕生日オメデトー、ってことで、常連客のAさんからアーティーチョークのペーストをいただいた。アーティーチョーク、前々から食べてみたいと思っていたのだけど、いつの間にかすっかり忘れてしまっていた。だから、いただいたこととは別に、思い出させてくれたことに感謝した。写真はずいぶん前、ドライブでよく行くレストランの裏の畑で見つけたもの。店のマスターに、畑のあれ、もしかしてアーティーチョーク?と聞くと、そうですよ、今度いらしたときに、お出ししましょう。と言われていたのだが、コロッと忘れてしまい、せっかくのチャンスを逃してしまった。このほかにも、食べてみたい、と思っていながら忘れてしまっているものがけっこうありそうで、なんだか悔しい

2018年4月27日 (金)

もっと光を

初めて知ったのだけど、今日は「哲学の日」なんだそうです。いろんな日があるもんですね。ゲーテは「私はカントを1ページ読むと、まるで明るい部屋に入った感じがするのだよ」とショーペンハウアーに語ったそうです。この「明るい部屋に入った感じ」という比喩がとてもいいですね。ぼくも同感です。哲学をすると部屋が明るくなるんです。

2018年4月25日 (水)

白ウサギを追いかけて

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目の前のニンジンがいつの間にか消えてしまった。まあいいか、そろそろ疲れてきたし、と思った。しかし、ニンジンは消えたのではなかった

2018年4月24日 (火)

自分を忘れてしまうこと、それが人生の意味です

レヴィナスが言ってることを分かりやすく書いた本はないかと探してたら、とりあえず岩田靖夫「よく生きる」という本が見つかった。例えば、レヴィナスとは直接関係ないけど、こんなことが書いてある。

さて、私の考えでは、何のために生きているかというと、「かけがえのない人に出会うために」生きているのです。何のために生きているか。美味しいものを食べるために生きているのでもないし、お金を儲けるために生きているのでもないし、名誉を得るために生きているのでもなくて、「かけがえのない人に出会うために」生きている。それが、私の七〇年の結論。そういうかけがえのない人に出会うことによって、自分もかけがえのない人間になる。

中略

かけがえのない人に出会うということは、だから、自分のことを忘れてしまうということです。これが自分を肯定するということです。自分が消えてしまう、自分がなくなってしまう、これが自分を肯定するということです。人に尽くして、人のために何か一生懸命やって、自分のことを全部忘れてしまって、自分なんかもう頭から消えてしまった時に初めて、人間は孤独を脱出して、自分の存在が肯定されるのです。これに対して、自分を大事にして、自分には価値があるとか、自分の存在には意味があるとか、自分は素晴らしい仕事をしたとか、自分自身の肯定とはそういうことではありません。本当に自分自身が肯定されるためには、自分を忘れてしまうというところまで行かなければだめなのです。

中略

レヴィナスは、誰かが溺れているのに出くわした時に、自分が泳げるのか泳げないのかも忘れて水に飛び込むのが、善い行為というものだと言っています。自分を忘れてしまう時に、その人は本当の人間になる。だから、自分を忘れてしまうこと、それが人生の意味です。

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読んでると眠くなるのです。春だから

2018年4月23日 (月)

宇宙の彼方へ

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たまには父を誘ってウナギでも食べに行こう、と思い、声をかけたが、「最近外に出るのが億劫になってなー、また今度」と、いうことだったのでコーヒーをポットに詰め、ヨッパライ某をとなりにのせて車を走らせた

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いつもの店に行ってみたが、どのテーブルも人生の大先輩たちに占められ、すでに異次元の揺らぎがあちこちに表れていた。次元の境界に生じる不安定な揺らぎはぼくの繊細な神経にダメージを及ぼす。ぼくは順番待ちリストから自分の名前を消し、店を後にした

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初めての店の玄関でメニューを眺めているとウエイトレスがやってきて、どうぞどうぞ、と笑顔で中に招き入れた。広い店内は誰もいなかった。ぼくは不安になった。海の見える窓際の席に座り、ぼくは焼き魚定食、ヨッパライ某はナントカという変な名前の定食を注文した。運ばれてきた焼き魚は値段の割に小さく、ぼくの不安は的中したかにみえた。しかし食べてみるとこれが予想外にうまく、値段相応以上だった

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2018年4月21日 (土)

いい天気

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ぼくは仕事

2018年4月20日 (金)

金曜日の午後

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ついに買ったよ、単焦点付き一眼っ! なお、ぼくではありません

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花をいただきました。

そう、それはまるでぼくの心のように白かった、みたいな

2018年4月18日 (水)

花束

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そういうわけで花束をいただきました

2018年4月17日 (火)

君のケーキは燃えているか

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手分けしてローソクを立てる。手分けしてローソクに火を灯す。ここまではいつもと同じだった。今までと違ったのは、もう一人のぼくが、キミはこれだけのローソクを一息で消せると思うのか? と耳元でささやいたことだ

2018年4月16日 (月)

Purple Rain 5

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ドアを開けると晴れていた。海に行って波打際をどこまでも歩きたい気分だった。でも、あの花の匂いを嗅ぎたい、というリクエストがあったので、山の奥へと車を走らせた。海はいつだって行ける。でも花は枯れてしまう

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甘い匂いが立ち込めていて胸が痛くなるほどだった。匂いが遠い過去の記憶を呼び起こすことがある。しかし、このファンタグレープみたいな匂いは、不思議と何も思い出させなかった

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八重咲の藤。ブドウみたい

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昼食は東洋のナイアガラで安いウナギを食べることにした

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帰りに山の上の湖に寄ってみた

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大衆食堂

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2018年4月15日 (日)

Well done!

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町内会区長の任期が満了。やれやれ、やっと終わった、ということで乾杯。ちなみに区長本人、つまりぼく、は何もしませんでした。すべてヨッパライ某がやりました。ゴミステーションの問題などで眠れぬ夜もあったらしい。一年間、お疲れさん

2018年4月13日 (金)

失われた時間を求めて

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3時ごろ仕事男がやってきた。またカメラを買ったという。何を撮るんだろうね

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娘が持ってきたドライヤーがこわれたので修理。所要時間、約60分。ぼくの貴重な時間はこうしてまた失われていく

2018年4月12日 (木)

鍋の季節の終わり

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店の屋上は菜園になっていて、ネギやレタスやサヤエンドウなどが植えてある。昨日、しばらくぶりに屋上に上がってみると、かわいい花が春風に揺れていた。よく見るとそれは春菊だった

2018年4月 9日 (月)

スパゲティを食べて映画をみた

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今日は定休日。一週間に一度の貴重な休み。でも丸一日自由に使えるとは限らない。今日は午前中、仕事のために街に出る必要があった

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仕事を終え、スパゲティ屋で昼食を済まし、いつものように本屋でぶらぶら。レヴィナスの本で薄いのがあったら買おうと思ったが、どれも分厚く、しかも高かった。養老孟司の「遺言」という本をパラパラめくったら、なんだかおもしろそうだったのでこれを買った

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デパートの屋上でしばし休憩。外のベンチで脚を組んでパンを食べている女性。フランス映画の主人公みたい

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せっかく出てきたので映画を見た。あまり期待せずに見たら、なかなかおもしろかった

2018年4月 6日 (金)

去年の明日

お客さんとコーヒーを飲んでいるところに電話がかかってきた。
「お店をやめられたって聞いたのですが、本当ですか?」
どうやらぼくの店はぼくの知らぬ間に無くなってしまったようだ。
「ええ、長年続けてまいりましたが思うところがありまして」と切り出したい衝動にかられたが、まじめそうな女性の声だったのでやめた。

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夕方、ひどくお腹がへってがまんできなくなった。冷蔵庫をあさったが何もなく、棚のどこかにお菓子でもないかと探したらカレーが出てきた。たしかこれはカメラ美女のお土産だった

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賞味期限は4月7日。ワオ!明日だ!

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ぎりぎりセーフ!おいしかったです。でもよく見たら去年の明日だった

2018年4月 2日 (月)

桜の木の下で

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休日は目覚ましが鳴らない。目覚ましが鳴らないといつまでも眠り続けるかもしれない。そこでぼくは目覚ましを20年後にセットする。ぼくが目ざめるとき、まわりの人は20才年をとっているのだ。愉快なようで悲しい話だ。しかし今日は自然に目が覚めてしまった。時計は9時前を指していた

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朝は頭の中に霧が立ち込めているので、家人が、なにか問いかけても答えることができない。人の声がトンネルみたいに反響して聞こえる。どこかで花が咲いてるから見に行こう、行こう、行こう(←エコーをかけて読んで下さい)と言っているらしい

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その花とは、シャクナゲ、だった。南の海辺にある植物園で咲いている、と新聞に書いてあったという。そんなわけで海沿いの道路を南に向かって飛ばしていたら、あちこちの民家から眩いほど鮮やかな黄色い花が派手に吹き出していた。まるで夜の歓楽街のネオンのように

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植物園で黄色い花を飽きるほど眺め、ふと時計を見るともう2時前だった。イタリアレストランで昼食にするつもりだったが、時間がない。仕方がないので、海の近くの道の駅で海鮮丼を食べよう、ということになった。しかし同伴者は、なぜかラーメンを注文。ぼくにはピンとこない選択だったが、あっさりしていて、なかなかおいしかったという

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帰りに、海を見下ろせる山のカフェに寄り、ケーキセットを注文した。正面にあの灰色の粉をまき散らす火山が見える。今日は大人しく白い煙を吐いていた

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風がそよと吹くたびに、桜の花びらがはらはらと散っていく。額縁に入れて飾っておきたくなる風雅な風景だ

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