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ご近所ぶろぐ

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2017年8月の記事

2017年8月31日 (木)

夏の日差しが弱まって

窓を開けると、秋の虫が鳴いてます

夏の日差しが弱まるように心に影が差した

2017年8月30日 (水)

summer station

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See you.

2017年8月29日 (火)

夏のオブジェ

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何に見える?

ぼくにはマンゴーソフトクリームにしか見えないけどね

2017年8月28日 (月)

夏のリフレイン

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昨日ニュースで言ってた。今日は夏休み最後の日曜日です

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朝起きて思った。もしかすると今日は夏休み最後の月曜日かも

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夏休み最後の月曜日は一年に一度しかない。夏休み最初の月曜日が一年に一度しかないように

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2017年8月22日 (火)

さらば夏のサソリ

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さそり座のSが西に大きく傾いている。その上にあるのは土星。今日は天の川がよく見える。ぼくはアイスクリームを食べながら、それを眺めている

2017年8月21日 (月)

なんとなく魚フライ

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あこがれていた朝があった。学生のころの話。眠い目をこすりながら明るい窓のテーブルにつくと、白い皿に装った、トースト、スクランブルエッグ、カリカリに焼いたベーコン、スープ、レタスのサラダ、そしてコーヒーが、それぞれ芳ばしい匂いを競っている。ぼくはスクランブルエッグにパイナップルビネガー入りのケチャップをたっぷりかけ、それをスプーンに取ってトーストにのせる

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休日の朝。遠くで雷が鳴っている。やがて雨が降り始める。雷もすぐ近くで鳴りだす。時計は12時を回った。どこかで昼食にしよう

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アップダウンの続く山道を走っている。フロントガラスをぬらす雨。魚フライでも食べようか

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海に面したレストランの小さなテーブル。雨が小降りになってきた。窓から見える水たまりの模様でそれがわかる。

海。雨は止んでいるが、どこにも晴れ間はない。でも空が青い

シロクマを食べようと港町の某ジャズ喫茶に向かう。今日は開いているはずだ。駐車場に車を入れる。入り口に張り紙が見える。「当分のあいだ、お休みします」

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帰り道、シロクマを買った

2017年8月19日 (土)

夏の終わり

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仕事を終え、店の戸締りをして海に向かって歩く170819_02

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夏が終わった

2017年8月18日 (金)

ある晴れた日に

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ある晴れた日、だれもいない砂浜の波打際を目的もなく歩く。と、なにやら、すばらしい(哲学的な?)アイデアがモーツァルトの音楽のようにポカッ、と浮かんで思わず足が止まる。が、ボキャブラリーが貧しいためか、それを言語化できず、記憶にとどめることができない。悔しいけどどうしようもない。でも、そんな形にならなかったポカッ、やモヤモヤも、脳の記憶領域にはrawデータ状態で残っているらしく、ずいぶん後になって、本を読んでいるときにそれが思いがけず表出、展開することがある。で、何を言いたいのかというと、本を読むことはそういう面でも有益だということ。(今読んでいる本で立て続けにそれを実感しております)

2017年8月15日 (火)

A LONG VACATION 3日目

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というわけでぼくの長い休日は終わった。この三日間、ぼくは自分の時間を自由に使った。三日のうち二日は仕事をしたが、それはそうしたかったからそうしただけ。自由の質を高めていくと相転移が起こり、質は量に転化する。ウルトラマンはこの星で3分しか生きられないが、つまりそういうことなのだ

2017年8月14日 (月)

A LONG VACATION 2日目

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明日は雨だというんで、ドライブに出かけた

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海に面したレストランで昼食をとっていると、思いがけない人に遭遇。思わず「生きてたんですか!」と叫んでしまった

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レストラン横のアロエ畑

2017年8月13日 (日)

A LONG VACATION 1日目

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今日から夏休み。で、まず何をするかというと、店の大掃除。機械を分解し、掃除をしてまた組み立てる。工具片手に機械を組んでいると、つまらない考えが脳裏をよぎる。死が人生に含まれているように、仕事もまた遊びに含まれているんじゃないか、とか。つまり、死を意識して日々過ごすことで人生が輝きを増すように、遊びもまた負荷の大きい仕事によって密度が増す、なんて・・・ブツブツ

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差し入れ

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先日手に入れたコンデジで撮ってみた

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夜はバーベキュー。お盆に肉食っていいのかな~

2017年8月12日 (土)

UFO

22時45分頃、約5秒間隔で点滅する謎の飛行物体が、ベガ~デネブの北側をひどくゆっくりしたスピードで東に移動して行った。あれは何だったんだろう。かなりの高度だったから、ペルセウス座流星群を観測していた人たちも気づいたんじゃないかな。で、肝心の流星は、空がかすんでいるせいもあって、今のところまだ1個だけ

2017年8月10日 (木)

そろそろ古い日本人

昼前、この辺りじゃ見かけない女の子がぞろぞろ店に入ってきた。おそらく隣国のツアー客。ここは喫茶店じゃないよ、コーヒー豆を売る店だよ、と言うと、それでいいの、とホットパンツのきれいな子が答えた。おすすめのコーヒーは?というので、人気のコーヒーをいくつか挙げると、それでいい、豆のままで。という。どこから来たの?と聞くと、ホンコンから、と。思わず、ジャッキーチェンがいるあそこ? と言うと、一同、そうそう、といって笑い始めた。言った後で思った。ジャッキーチェンって、まだ生きているんだろうか。彼女らにはちと古過ぎたかな

2017年8月 9日 (水)

スイカの匂い

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そのむかし、キュウリは夏を代表する野菜だった。キュウリが好きな人は夏が待ち遠しかった。そんなささやかな楽しみも今はない

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一方、いうまでもなくスイカは夏の食べ物だ。なにせ原産国はゾウやシマウマがうれしそうに走り回っている、あの熱帯アフリカ。サハラ砂漠には見たこともない巨大なスイカがあちこちに転がっているという(信じないでください)

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夏の楽しみは数え切れないほどあるが、例えば今日みたいな蒸し暑い夜に冷えたスイカを包丁で割る、という、どこか儀式めいた遊びもその一つ。包丁を入れる。その外観からは想像できない、鮮やかな赤が飛び出す。デュシャン→ウォーホル的芸術がふいにデジャビュするアーティスティックな瞬間(なんのこっちゃ)

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しかし、肝心なのはややこしい芸術論ではない。ただ、目の前のスイカをおいしく食べる。それだけ。エランヴィタール。そこだよキミ

2017年8月 7日 (月)

台風一過はカキ氷

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今日は父を病院に連れて行く日だった。なにかの検査だったが、特に問題もなく、予想外に早く終わったので、海の近くでスシでも食おう、ということになった

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台風が去った海は波がまだ高く、サーファーたちが波に乗って楽しんでいた。後で知ったのだが、食事代は父が出したそうだ。そうと知ってたら、もっと高い寿司屋に行くんだったのに

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父を家に送り届け、自宅に帰ると、時計はまだ2時を少し回ったところだった。カキ氷でも食いたいね、ということで、港町にある某ジャズ喫茶にシロクマを食べに行くことにした。たしか、月に一度、月曜が休みだったはずだが、まさか今日ってことはないだろう

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しかし、行ってみると店のドアに「定休日」の看板。ぼくは大急ぎで脳内のデータベースをサーチし、近くでカキ氷をやってそうな店をピックアップ。同時に車をターンさせてベーグルで有名なあの店に進路をとった。山の途中にある風通しのいい店内はクーラーなどなく、カキ氷を食べるには最高の様態といえた。ヨッパライ某はお茶とセットになったナントカというカキ氷、ぼくはマンゴーのカキ氷に炙ったベーグルを付けてもらった

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2017年8月 6日 (日)

今日もコーヒーを焼くのだった

某コーヒー店は台風の中、営業しています。

片づけないといけない仕事が山積み(笑)

2017年8月 4日 (金)

夜の訪問者

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台風が来る、つーので、夕食後、庭に転がっている鉢や道具などを片づけた。終了後、家に入ろうとすると、玄関の前で小さな訪問者が待っていた。クワガタの雌だろうと思って拾い上げたら、コクワガタだった。冷蔵庫にスイカかメロンがあったら、しばらく飼おうと思ったけど、なかったので、ちょっと遊んだ後、庭に放した

2017年8月 2日 (水)

浜辺のように

ある本を読んでたら、次のようなくだりに出くわし、ため息が出た。やれやれ、まったくその通り、この年になってやっと気づくなんて

頭に起きたこうした無意識の波が、意識の白い、滑らかな砂の上に偶然にどんな宝を、どんなに見事に磨きあげられた小石を、或いは海の底にあるどんな珍しい貝を投げ出すか解らない。ほら貝、つめた貝、或いはたこぶねさえもが打ち上げられるかもしれない。しかし、それをこっちから探そうとしてはならないし、ましてそれが欲しさに砂を掘り返したりすることは許されない。海の底を網で漁るようなことをするのはここでは禁物で、そういうやり方で目的を達することはできない。海はもの欲しげなものや、欲張りや、焦っているものには何も与えなくて、地面を掘りくり返して宝ものを探すというのはせっかちであり、欲張りであるのみならず、信仰がないことを示す。忍耐が第一であることを海は我々に教える。忍耐と信仰である。我々は海からの贈り物を待ちながら、浜辺も同様に空虚なってそこに横たわっていなければならない。

アン・モロウ・リンドバーグ(著) 海からの贈物 より抜粋